COLUMN
#DAJ原料を巡る旅
「京都・水尾の柚子精油」
デイリーアロマジャパンでは、定期的に原料メーカーや、生産地を訪問しています。
実際に目で見てきた生産風景や原料が育まれてきた気候、訪問先でお聞きした生産者の声を『原料を巡る旅』と題したコラムとして連載しております。
水尾に到着
デイリーアロマジャパンでも人気のゆずは、高知県が産地として有名ですが国内のゆず栽培発祥の地が京都にあることをご存知でしょうか?京都市右京区の山間に佇む秘境「水尾(みずお)」に昨年11月お邪魔させて頂きゆず収穫のお手伝いをさせて頂きました。
水尾からの景色
京都市右京区の北西部に位置にある水尾。観光スポットとして有名な嵐山の左上に位置し、ハイキングコースで知られる愛宕山の麓に佇んでいます。細く曲がりくねった山道をどんどん進んでいくと、こんなところに‥…と驚くような山間に、柚子の里・水尾はあります。水尾という地名には「きれいな水が湧くところ」という意味があるそうです。最寄駅は、秘境駅としても知られるJR山陰本線「保津峡駅」。
自治会が運行しているバスに乗って10分ほどで到着。昔ながらの村里の風景が広がり、畑いっぱいにお目当てのゆずがたくさん実っていました。
ゆず風呂
京都の北西部の山中にひっそりとある水尾の特徴は、なんといってもゆず。
香り高いゆずと手作りのゆず加工食品や冬の風物詩「ゆず風呂」また地元で採れた新鮮な野菜と地鶏を、搾りたてのゆずとだし醤油に絡ませていただく「鶏鍋」も有名。
約40年ほど前から村おこしの一環として特産の柚子を水尾で堪能してもらう為、10月下旬~4月頃にかけて数軒の民家を開放し「ゆず風呂」や「鶏鍋」のおもてなしを行っています。また、水尾の歴史は古く平安時代にまで遡ります。第56代清和天皇が修行の途中に立ち寄り、ここで一生を過ごしたいと仰られたほど水尾の地を気に入られたそう。その後、清和天皇が亡くなられた際、天皇の遺言にしたがって水尾の集落から臨むことのできる水尾山の中腹に「清和天皇陵」を設けられ今でも水尾に住む人々によって受け継がれ守り伝えられているのだそうです。村おこしのイベントなどに参加された方からは、落ち着く、どこか懐かしい気持ちになるなどの声がよく聞かれ、都会の喧騒から離れ穏やかな時間を過ごすのに水尾は最適な場所です。
京ゆず
ここで、京ゆずが持つ特徴について深めてみたいと思います。そもそもゆずの生産地と聞かれてみなさんはどこを思い浮かべますか?きっと多くの人が前回の「DAJ原料を巡る旅」でもご紹介させて頂いた高知県を挙げると思います。生産量・出荷量共に全国1位。隣の徳島県も全国2位と有名です。しかし、昭和45年までゆずの全国出荷をしていたのは京都・水尾だけだったのです。昔は、日本全国だけではなく台湾などの海外にも出荷している記録も残っています。それほどまでに貴重な食材として市場で一番高かった時で、1個700円もした時代があるそうです。京ゆずが持つ特徴のひとつとして栽培方法が挙げられます。京都盆地特有の寒暖差の激しい地域で育った京ゆずは、香り高く甘酸っぱい濃厚な風味を醸し出します。一般的にはゆずの木は接ぎ木がほとんどですが、水尾では種からゆずの木を育てる「実生(みしょう)栽培」が主流となっており、一人前の実がなるまでに約20年ほどの歳月が必要になると言われています。水尾にあるゆずの木は、樹齢推定100歳~200歳。鎌倉時代、天皇家と深い関りがあった水尾に花園天皇がゆずの木を植えたのが日本ではじめてだったと言われており、現在でも水尾は柚子栽培発祥の地として伝えられています。こうして大切に育てられてきたゆずの木に実る京ゆずは、爽やかな甘みがありとても香り高いのが特徴。
ゆず農家さんのお話によると、まだ樹齢が若いものは味わいも若い感じがする。100年200年と年月を重ねた分だけ味わいに深みやコクが生まれてくるそうです。
水尾のゆずがなければ、京料理にゆずが添えられていなかったかもしれないと言われるほど甘みがあって、香り高い高品質なものなのです。
京ゆずが市場に出回ることはほとんど無く、更に年々人口の減少や生産農家の高齢化から栽培規模が縮小し柚子の里・水尾は知る人ぞ知る存在となっています。収穫された京ゆずの多くはチューハイやジュースの原料となるなど加工用として使われるため、生果としてそのまま出荷されるものは数量が限定され、現在は京都市内の限られた場所でしか取り扱いがありません。今回収穫のお手伝いをさせて頂き実際に手にとれたこと自体がとても貴重な体験なのです。
急斜面に生えるゆずの木
現在ゆず農家さんは約20件ほどに減少しています。生産を続けているゆず農家さんの多くの方々は歴史ある高品質な京ゆずのおいしさを知ってもらい、地域の活性化までつなげたいという思いで代々受け継がれてきたゆず畑を守っています。標高200mの冷涼な山間に位置しているので、年間通じて降雨量が比較的少ないという水尾の気候は、温暖な産地に比べて傷やシミが少なくきれいなゆずを育てやすい利点があります。
毎年、5月~6月に白い花が咲き、夏ごろから実り始め、収穫時期は11月~12月にかけて。各家の軒先には箱からあふれんばかりのゆずが収穫され、里全体が爽やかな香りに包まれます。ゆず栽培においての苦労をお伺いしたところ、最近では異常気象による天候不順や台風や土砂崩れなどによって倒木してしまい生産量を落としてしまうのが問題。また村の人口減少とゆず生産農家の高齢化そして後継者問題といった課題もあるそうです。
収穫の仕方をレクチャー
ゆず栽培の中でも、特に大変なのが収穫作業。収穫時期は、気温も一気に下がり雪も降り始める11月~12月の2ヶ月間。10万個以上の実を数名で尚且つ手作業で行うため、人手不足が課題となっています。水尾では収穫体験ボランティアの募集を行っており、今回私たちも参加させて頂き収穫作業のお手伝いをさせて頂きました。
ゆず生産者の村上さんの畑にて、収穫作業のお手伝いを。
早速、村上さんにゆずの取り方を指導して頂きました。他の地域では高枝切ばさみで実のなってる枝を切り落とし収穫したりするそうですが水尾では大切に育てた貴重な実を傷付けないようにひとつひとつ丁寧に収穫しています。
ゆずの木のトゲ
はしごに登ってゆずの収穫を体験!しかしゆずの木には鋭いトゲがあります。足をはしごに絡ませるのですが、どうやってもトゲが足に刺さります。手には鋭いトゲから守るために、まるで鷹狩りのような手袋をして収穫作業を行います。ゆず摘みができる楽しい痛みではありますが、けがをしないように慎重に。収穫作業になれている農家さんでもトゲで顔に引っかき傷があちらこちらに。
農家さんも苦戦するゆずのこのトゲはバラのような短いトゲではなく、長く尖った槍や刀といった武器のように鋭いのです。地面に落ちた枝を誤って踏むと固い靴底でも簡単に貫くほど。そのため作業用の長靴に身を守る為の鉄板を入れて作業する農家さんもいるそうです。トゲを避けながら、はしごを上り下りし不安定な高いはしごの上で実を傷つけないように枝とギリギリのところを切って収穫するのは、まさに匠の技です。
収穫風景
高木の実をとる為には、5mもある梯子に登り収穫作業を行っていきます。また平面だけでなく急斜面にゆずの木がなっていることもあるので、ゆずの収穫は非常に危険な作業になります。
ゆずを収穫するために木々を回り、梯子を上り下りし、また移動する作業を足場の良くない急斜面で行うのですからその負担は並大抵ではありません。実際に体験させて頂き改めてゆず農家さんの大変さが身に染みてわかりました。
ツアーのお客様も一緒にお手伝い
歴史のある水尾の地で長年、農家さんによって大切に育てられた京ゆずのすばらしさを体感できたと共に農家さんの苦労や地域の人口減少・生産農家の高齢化や後継者不足など地域の状態を維持するのが難しくなり、ゆずの木を守る人がいなくなってしまうと問題視されている事も分かりました。地域の方々は京ゆずを守る為に様々なイベントを企画し、地域を盛り上げようとしています。
ゆずの収穫を迎える11月~12月にかけて収穫体験イベントの開催やフィール―ドワークの場として市内の小学生から大学生を積極的な受入れ、また毎年専用の機械を使って手作業でゆず果汁を絞る体験型ボランティアゆず絞り隊を募集し、参加者にゆず風呂やゆず料理を振る舞い水尾の暮らしを体感してもうらうイベントは毎年好評でリピーターさんもいるそう。住民みんなで「アクションプラン」を作成し、散策ツアーや加工品作りの会などこれまでの取り組みを踏まえ自分たちが頑張ればこれはできるというアイディアをまとめ、まちなかのイベントでの加工品販売やPRを行ったりと住民が一丸となって地域の活性化、魅力を残すため積極的に取り組んでいます。
生産農家の村上さん
お手伝いさせて頂いたゆず農家の村上さんは「様々な企業に原料として水尾の農産物を取り扱って頂き、色々な商品として販売してもらうことで地域の特産物を広めていきたい。
また水尾地域が抱えてる問題への解決のきっかけになるように、多くの人たちとの繋がり魅力ある元気な地域作りを目指して日々活動している」と力強く仰っていました。今回お邪魔させて頂き京ゆずの香りの奥深さに驚かされました。また自分たちの生まれ育った地域を大切にし未来に繋げていきたいと頑張って活動している方の姿も印象的でした。私たちも水尾ゆずの香り商品を企画し、一人でも多くの方に京ゆずのすばらしさを伝えていきたい。今後も貴重な水尾ゆずを生産できる環境を支えていきたいと収穫体験を通して強く想いました。
芳醇なゆずの爽やかな香りが漂う、風光明媚な水尾。都会の喧騒から離れ穏やかな時間を過ごすために訪れてみてはいかがでしょうか?